アドマイヤコジーン

アドマイヤコジーン
欧字表記 Admire Cozzene[1][2]
香港表記 喜高善[3]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 芦毛[1]
生誕 1996年4月8日[1]
死没 2017年6月6日(21歳没)
登録日 1998年9月3日
抹消日 2002年12月24日
Cozzene[1]
アドマイヤマカディ[1]
母の父 ノーザンテースト [1]
生国 日本の旗 日本北海道大樹町
生産者 大樹ファーム[1]
馬主 近藤利一[1]
調教師 橋田満栗東[1]
競走成績
タイトル JRA賞最優秀3歳牡馬(1998年)[1]
JRA賞最優秀短距離馬(2002年)[1]
生涯成績 23戦6勝
中央競馬)22戦6勝
香港)1戦0勝[1]
獲得賞金 3億9470万6500円[4]
IC 116M(2002年)[5]
勝ち鞍
GI 朝日杯3歳ステークス 1998年
GI 安田記念 2002年
GIII 東京スポーツ杯3歳ステークス 1998年
GIII 東京新聞杯 2002年
GIII 阪急杯 2002年
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アドマイヤコジーン(欧字名:Admire Cozzene、香港名:喜高善1996年4月8日 - 2017年6月6日)は、日本競走馬種牡馬[1]

1998年JRA賞最優秀3歳牡馬2002年JRA賞最優秀短距離馬である。1998年の朝日杯3歳ステークスGI)、2002年の安田記念GI)を優勝。その他の勝ち鞍に、1998年の東京スポーツ杯3歳ステークスGIII)、2002年の東京新聞杯GIII)、阪急杯GIII)。

産駒には、スプリンターズステークスGI)を勝利したアストンマーチャンスノードラゴンがいる。

生涯

デビューまで

祖母のミセスマカディーは、イギリスで生産されたトライバルチーフの産駒で、1977年イギリス1000ギニーを優勝するなど21戦8勝[6]。競走馬引退後は繁殖牝馬となり、しばらくアイルランドで生産を続けた[7]。産駒ではアーティカスが種牡馬として日本に輸入されている。1989年に9番仔を生産した後、日本の北海道大樹町大樹ファームが購入して、輸入された。10番仔を生産した後、ノーザンテーストと交配した[7]。1991年6月12日、11番仔の牝馬が誕生する[8]

11番仔は、近藤利一が所有して「アドマイヤマカディ」と命名[8]栗東トレーニングセンター橋田満厩舎の下、デビューする予定であったが、脚元の弱さから屈腱炎を発症し、未出走のまま大樹ファームで繁殖牝馬となった[9]。大樹ファームと近藤・橋田は、アドマイヤマカディがデビューできず、繁殖牝馬となった場合、初年度のみ近藤側が決定権を握るという契約を事前にしていたため、初年度は橋田が交配相手を選択することとなった[9]

橋田はアメリカで繋養されているコジーンCozzene)を選択。アメリカでも芝のGI馬を産んでいたことから、日本でも適応できると踏んでおり[9]、併せて「ノーザンテーストの持つスピードが、昨今の競馬では不足しがちに感じられたので。よりスピードのある馬、要するに軽い馬を求めたわけです。あとはもう一つ、お母さんが弱かったので、丈夫な仔が欲しかった。(後略)[9]」を理由としている。大樹ファームおよび近藤の許しを経て、アメリカに渡りコジーンと交配し、1995年冬に大樹ファームへ帰還[9]。1996年4月8日、大樹ファームにて初仔の牡馬(後のアドマイヤコジーン)が誕生[9][10]。仔は持込馬に分類された[11]

仔は、河村清明によれば「体調を崩すことなく、(中略)順調に育った[9]」という。1997年10月には、武田ステーブルに移動。主に軽種馬育成調教センター(BTC)を利用して育成が施された。母同様に、近藤が所有し冠名「アドマイヤ」に父名「コジーン」を組み合わせた「アドマイヤコジーン」と命名され、橋田厩舎に入厩した[11]

競走馬時代

2-3歳(旧3-4歳・1998-99年)

1998年10月17日、京都競馬場新馬戦(芝1400メートル)に南井克巳が騎乗し、単勝2番人気でデビュー。スタートから出遅れ、かつ不良馬場に苦戦し3着[9]。11月1日、2戦目の新馬戦(芝1600メートル)では、マイケル・ロバーツに乗り替わり、1番人気で出走。最終コーナーで先頭に立ち、後方に9馬身差をつけて初勝利を挙げた[9]。それから関東遠征を行い、11月29日の東京スポーツ杯3歳ステークスGIII)にて重賞初挑戦、鞍上は南井に戻り、1番人気で出走した。中団から直線で抜け出し、後方に1馬身半差をつけて連勝、重賞初勝利となった[9]

その頃、同じ近藤の所有、橋田厩舎所属であるアドマイヤベガが、エリカ賞(500万円以下)からラジオたんぱ杯3歳ステークスGIII)のローテーションを選択[9]。そのため、使い分けを行いアドマイヤコジーンは、12月13日の朝日杯3歳ステークスGI)に出走した[9]。東京スポーツ杯3歳ステークスで騎乗した南井が、手術入院中で騎乗不能であった。そのため、南井は橋田に対し「(アドマイヤコジーンは)自分からハミを取っていく馬ではないから、馬をちゃんと動かせる(後略)[9]」との理由で代打にロバーツを推薦、橋田も了承し、再びロバーツに乗り替わった。

映像外部リンク
1998年 朝日杯3歳ステークス
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

単勝オッズは3.3倍、同じオッズでデイリー杯3歳ステークスGII)など3戦無敗のエイシンキャメロンが並んでいたが、アドマイヤコジーンが票数で勝り1番人気であった[9]。スタートから中団につけ、6番手から直線に進入した。先行するエイシンキャメロンの外から迫り、2頭だけの競り合いとなったが、ゴール直前でアドマイヤコジーンが抜け出し、クビ差先着[11]。3連勝でGI初勝利となった。ロバーツは短期騎手免許を利用した外国人騎手として初めてGI優勝であった[11]JRA賞表彰では、JRA賞最優秀3歳牡馬を受賞している[11]

3歳となった1999年1月21日、調教後に右後脚を跛行し、さらに右後脚第一指骨を骨折[9]。「相当な重傷で競走生活も心配されるほど[11]」(阿部珠樹)や「亀裂はなんと縦5センチにも及んでおり、ボルト2本で固定しなければ、骨が裂けてしまいそうな印象(後略)[9]」(河村清明)という状況であった。1月24日に行われた手術を経て、全治は6か月と判明し、クラシック参戦は不可能となった。3月4日に福島県いわき市JRA競走馬総合研究所常盤支所内にある「馬の温泉」で長期休養[9]。それから回復し、馬の温泉にて「復帰をめざして徐々にピッチを上げたところ」(阿部珠樹)、患部と反対側の左後脚の剥離骨折が判明。河村清明によれば「ヘタをすればこれだけで競走生命が終わりかねないほどの大ケガ(原文ママ、後略)[9]」であった。そして、8月にはノーザンファームで再び手術を行い、種子骨の一部を除去して、放牧に出された[9]。11月には、冬の寒さを避けて鹿児島県に移動し、脚の負担の少ない浜辺での運動で治癒を目指した[9]

4-5歳(旧5-6歳・2000-01年)

2000年春は全休、7月のUHB杯(OP)で1年7か月ぶりに復帰し、4着。2戦目の函館記念GIII)では1番人気に推されるも6着。それから後藤浩輝とともに11着、8着、芹沢純一とともに8着。12月のシリウスステークスGIII)では、上村洋行に乗り替わり初のダート競走に出走したが、11着。その後は、橈骨の骨膜炎を発症し、再び年内は休養した[11]。翌2001年も上村が継続して騎乗し、7月までに6戦。阪急杯GIII)3着、福島民報杯(OP)2着が目立つほどで、その他は下位。次第に患部とは反対側の前脚、特に右前脚に深管骨瘤をきたしており[9]、橋田によれば「(前略)そのせいでしょう、馬が最後まで走らない。最後にやめてしまう感じのレースが続いていました[12]。」と述懐している。それから半年は、その前脚の不安と疲労を取り除くために、武田ステーブルで長期休養となった[9]

6歳(旧7歳・2002年)

1月27日、東京新聞杯GIII)で復帰。鞍上は、1年間主戦を務めた上村から後藤に代わり、12頭中10番人気で出走した。後藤は参戦にあたり、アドマイヤコジーンが前回勝利した朝日杯3歳ステークスのロバーツの騎乗を参考にしようと考えていた[11]。2番手で先行し、直線で抜け出すと、追い上げるディヴァインライトダービーレグノを振り切り、後方に半馬身差をつけて勝利[11]。3年ぶりの勝利となった[11]。続いて、2月24日の阪急杯(GIII)に2番人気で出走。3番手から直線で先頭に立つと、後方に3馬身半差をつけて勝利して連勝とした[11]。それから、3月24日の高松宮記念(GI)では2番人気で出走し、ショウナンカンプに3馬身半及ばず2着となった[11]

映像外部リンク
2002年 安田記念
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

続いて6月2日、安田記念GI)に単勝7番人気で出走。スタートから先手を奪って3番手で進み、残り200メートルで抜け出した[13]。外から2番人気ダンツフレーム、大外から1番人気エイシンプレストンが追い込んできたが振り切り、ダンツフレームにクビ差先着してGI2勝目、3年半ぶりとなるGI勝利となった[13]。後藤にとっては、54度目のGI挑戦、デビュー11年目で初GI優勝であった[13]

その後は夏休みとなり、9月29日、新潟競馬場で行われるスプリンターズステークスGI)に直行し、3番人気で出走[14]。2番手を進み、直線で逃げるショウナンカンプに取り付いて競り合ったが、残り50メートルで馬場の最も内側から1番人気のビリーヴにかわされ、半馬身差の2着となった[14]。続く11月17日のマイルチャンピオンシップGI)では、1番人気に推されて出走。いつものように先行することができず、中団に位置。直線では馬群から抜け出す余力なく、7着[9]。それから引退レースとして、香港マイルG1)に参戦。外国での騎乗経験を買って武豊に乗り替わり出走、先行から「直線であわやという場面[9]」(河村清明)も存在したが、抜け出すには至らず4着[9]。2002年12月24日付でJRAの競走馬登録を抹消し、競走馬を引退した。JRA賞表彰では、JRA賞最優秀短距離馬を受賞している[9]

種牡馬時代

競走馬引退後は、2003年から種牡馬となり、2010年までは北海道安平町社台スタリオンステーションで繋養された[11]。2011年には、北海道新ひだか町レックススタッドに移動した[11][15]。初年度産駒のアストンマーチャンが、2007年のスプリンターズステークスGI)を制し、産駒のGI初勝利。2008年生産のスノードラゴンもまた、2014年のスプリンターズステークス(GI)を勝利した。産駒からは、スノードラゴン、2012、2013年のCBC賞GIII)を連覇したマジンプロスパーが後継種牡馬となっている[16]

2015年の種付けシーズン途中、生殖能力の低下により種牡馬を引退することが発表された[17]。前年のスノードラゴンの活躍で再注目され、多くの種付け依頼があったが、体調が戻らず種付けができない状況が続いたため、種牡馬続行を断念せざるを得なかったという[15][17]。引退発表後は日高町のクラウン日高牧場で功労馬となった[15]。種牡馬登録は残されており[18][19]、2016年と2017年も少頭数ながら種付けも行った[17]。2017年6月6日朝、大動脈破裂のため21歳で死亡[20][17]

競走成績

以下の内容は、netkeiba.com[21]およびJBISサーチ[22]、香港賽馬會[23]の情報に基づく。

競走日 競馬場 競走名 距離

(馬場)

オッズ

(人気)

着順 タイム

(上り3F)

着差 騎手 斤量

[kg]

1着馬

(2着馬)

馬体重

[kg]

1998.10.17 京都 3歳新馬 芝1400m(不) 9 1 1 02.7 0(2人) 03着 1:26.9(37.4) -0.4 0南井克巳 54 フォルナリーナ 450
0000.11.01 京都 3歳新馬 芝1600m(良) 12 7 9 02.6 0(1人) 01着 1:36.1(37.1) -1.4 0M.ロバーツ 53 (タイクラッシャー) 446
0000.11.29 東京 東京スポーツ杯3歳S GIII 芝1800m(良) 10 4 4 02.0 0(1人) 01着 1:49.5(35.0) -0.2 0南井克巳 54 (ビッグバイキング) 450
0000.12.13 中山 朝日杯3歳S GI 芝1600m(良) 14 5 8 03.3 0(1人) 01着 1:35.3(35.9) -0.0 0M.ロバーツ 54 エイシンキャメロン 450
2000.07.09 函館 UHB杯 OP 芝1800m(良) 10 2 2 05.3 0(3人) 04着 1:49.7(35.2) -0.4 0横山典弘 57 ダイワカーリアン 450
0000.07.23 函館 函館記念 GIII 芝2000m(稍) 16 8 16 03.1 0(1人) 06着 2:03.1(36.8) -0.4 0横山典弘 56 クラフトマンシップ 452
0000.08.20 札幌 札幌記念 GII 芝2000m(良) 14 8 14 05.4 0(3人) 11着 2:01.0(36.1) -1.1 0後藤浩輝 56 ダイワカーリアン 456
0000.10.21 東京 富士S GIII 芝1600m(良) 16 6 11 15.5 (10人) 08着 1:34.5(35.8) -0.6 0後藤浩輝 56 ダイワカーリアン 446
0000.11.25 京都 京阪杯 GIII 芝1800m(良) 18 6 12 12.8 0(7人) 08着 1:45.8(34.6) -0.6 0芹沢純一 56 ジョウテンブレーヴ 456
0000.12.09 阪神 シリウスS GIII ダ1400m(良) 16 4 8 15.2 0(4人) 11着 1:24.4(37.4) -1.1 0上村洋行 56 マイネルブライアン 458
2001.02.25 阪神 阪急杯 GIII 芝1200m(良) 14 4 6 42.1 0(9人) 03着 1:09.0(34.9) -0.3 0上村洋行 57 ダイタクヤマト 454
0000.04.01 中山 ダービー卿CT GIII 芝1600m(稍) 14 5 9 10.5 0(4人) 06着 1:36.1(35.7) -0.9 0上村洋行 57 チェックメイト 460
0000.04.22 福島 福島民報杯 OP 芝1200m(良) 16 4 8 04.5 0(2人) 02着 1:09.8(35.8) -0.0 0上村洋行 57 ラムジェットシチー 458
0000.05.06 京都 栗東S OP ダ1200m(良) 12 6 8 12.5 0(7人) 07着 1:11.5(36.9) -0.6 0上村洋行 57 ゴールドメーカー 452
0000.06.10 函館 UHB杯 OP 芝1200m(良) 11 7 9 04.8 0(3人) 07着 1:10.5(36.5) -0.5 0上村洋行 55 タイキトレジャー 456
0000.07.01 函館 函館スプリントS GIII 芝1200m(稍) 14 4 6 29.8 0(9人) 12着 1:12.0(37.6) -2.5 0上村洋行 56 メジロダーリング 460
2002.01.27 東京 東京新聞杯 GIII 芝1600m(不) 12 7 9 44.8 (10人) 01着 1:37.7(36.3) -0.1 0後藤浩輝 55 ディヴァインライト 456
0000.02.24 阪神 阪急杯 GIII 芝1200m(良) 16 2 3 05.7 0(2人) 01着 1:07.9(34.4) -0.6 0後藤浩輝 57 (ダンツキャスト) 462
0000.03.24 中京 高松宮記念 GI 芝1200m(良) 18 5 9 03.6 0(2人) 02着 1:09.0(36.0) -0.6 0後藤浩輝 57 ショウナンカンプ 462
0000.06.02 東京 安田記念 GI 芝1600m(良) 18 8 18 15.8 0(7人) 01着 1:33.3(35.4) -0.0 0後藤浩輝 58 ダンツフレーム 458
0000.09.29 新潟 スプリンターズS GI 芝1200m(良) 11 7 9 05.7 0(3人) 02着 1:07.8(33.9) -0.1 0後藤浩輝 57 ビリーヴ 460
0000.11.17 京都 マイルCS GI 芝1600m(良) 18 6 12 02.7 0(1人) 07着 1:33.1(34.8) -0.3 0後藤浩輝 57 トウカイポイント 464
0000.12.15 沙田 香港マイル G1 芝1600m(GF) 12 2 3 06.1 0(3人) 04着 1:35.1(00.0) -0.2 0武豊 57 Olympic Express 計不
  • 香港マイルのオッズおよび人気は、香港賽馬會によるもの[23]。また、「Draw」が枠番、「Horse No.」が馬番に該当。
  • 馬場状態:Fm=Firm, GF=Good to Firm, Gd=Good, GS=Good to Soft, Y=Yielding, Sft=Soft, Hy=Heavy[23]

種牡馬成績

  • 太字強調GI競走。

主な産駒

アストンマーチャン
スノードラゴン

グレード制重賞勝利馬

地方重賞優勝馬

母の父としての主な産駒

グレード制重賞優勝馬

血統表

アドマイヤコジーン血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 カロ系
[§ 2]

Cozzene
1980 芦毛
父の父
Caro
1967 芦毛
*フォルティノ Grey Sovereign
Ranavalo
Chambord Chamossaire
Life Hill
父の母
Ride the Trails
1971 鹿毛
Prince John Princequillo
Not Afraid
Wildwook Sir Gaylord
Blue Canoe

アドマイヤマカディ
1991 栗毛
*ノーザンテースト
Northern Taste
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
母の母
*ミセスマカディー
Mrs.Mcardy
1974 鹿毛
*トライバルチーフ Princely Gift
Mwanza
Hanina Darling Boy
Blue Sash
母系(F-No.) (FN:14-b) [§ 3]
5代内の近親交配 Nasrullah5×5、Lady Angela 5・4(母内) [§ 4]
出典
  1. ^ [33]
  2. ^ [34]
  3. ^ [33]
  4. ^ [33]


脚注

注釈

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o “アドマイヤコジーン”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年8月20日閲覧。
  2. ^ “ADMIRE COZZENE (CC621) - Racing Information” (英語). 香港賽馬會(The Hong Kong Jockey Club). 2019年8月4日閲覧。
  3. ^ “喜高善 (CC621) - 馬匹資料 - 賽馬資訊” (中国語). 香港賽馬會(The Hong Kong Jockey Club). 2019年8月4日閲覧。
  4. ^ 『優駿』2013年7月号 83頁
  5. ^ 優駿』、日本中央競馬会、2003年2月、77頁。 
  6. ^ “ミセスマカディー(GB)”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  7. ^ a b “繁殖牝馬情報:牝系情報|ミセスマカディー(GB)”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  8. ^ a b “アドマイヤマカディ”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 『優駿』2007年7月号 55-63頁
  10. ^ “繁殖牝馬情報:牝系情報|アドマイヤマカディ”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  11. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『優駿』2013年7月号 78-85頁
  12. ^ 『優駿』2007年7月号 55-63頁
  13. ^ a b c 『優駿』2002年7月号 32-35頁
  14. ^ a b 『優駿』2002年11月号 36-39頁
  15. ^ a b c アドマイヤコジーンが種牡馬引退 - 競走馬のふるさと案内所 2015年4月20日閲覧
  16. ^ 「マジンプロスパーが引退、種牡馬に」『サンケイスポーツ』、2015年10月7日。2021年10月20日閲覧。
  17. ^ a b c d “勝ち気なマイル王・アドマイヤコジーン 遺された仔に思いを託して - 佐々木祥恵 | 競馬コラム”. netkeiba.com. 2022年4月13日閲覧。
  18. ^ “2015年供用停止種雄馬一覧”. 公益財団法人 ジャパン・スタッドブック・インターナショナル. 2022‐04-13閲覧。
  19. ^ “2017年供用停止種雄馬一覧”. 公益財団法人 ジャパン・スタッドブック・インターナショナル. 2022‐04‐13閲覧。
  20. ^ アドマイヤコジーンが死亡 21歳、GIを2勝 サンケイスポーツ 2017年6月6日閲覧
  21. ^ “アドマイヤコジーンの競走成績”. netkeiba.com. Net Dreamers Co., Ltd.. 2019年8月20日閲覧。
  22. ^ “競走成績:全競走成績|アドマイヤコジーン”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年8月20日閲覧。
  23. ^ a b c “RACE 7 (255) - THE HONG KONG MILE” (英語). 香港賽馬會(The Hong Kong Jockey Club). 2019年8月4日閲覧。
  24. ^ “アストンマーチャン”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  25. ^ “メトロノース”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  26. ^ “マジンプロスパー”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  27. ^ “スノードラゴン”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  28. ^ “ユメミルチカラ”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  29. ^ “ダブルスパーク”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  30. ^ “ウインブライト”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  31. ^ “コウソクストレート”. JBISサーチ. 2021年10月20日閲覧。
  32. ^ “テイエムスパーダ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2023年9月10日閲覧。
  33. ^ a b c “血統情報:5代血統表|アドマイヤコジーン”. JBISサーチ. 2021年12月3日閲覧。
  34. ^ “アドマイヤコジーンの血統表”. netkeiba.com. 2021年12月3日閲覧。

参考文献

  • 優駿』(日本中央競馬会
    • 2002年7月号
      • 優駿編集部「【Play-back the Grade-I Races 2002】第52回安田記念(GI)」
      • 優駿編集部「【Play-back the Grade-Races 重賞データファイル】第52回安田記念(GI)」
    • 2002年11月号
      • 優駿編集部「【Play-back the Grade-I Races 2002】第36回スプリンターズS(GI)」
    • 2007年7月号
      • 河村清明「【サラブレッド・ヒーロー列伝 74】Three Times Champion アドマイヤコジーン」
    • 2013年7月号
      • 阿部珠樹「【優駿激闘譜】アドマイヤコジーン 度重なる怪我を克服したマイル王」

外部リンク

(旧)最優秀3歳牡馬
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
最優秀2歳牡馬
2000年代
2010年代
2020年代
  • 1 2001年より馬齢表記法が数え年から満年齢に移行
    *2 1954-1971年は「啓衆社賞」、1972-1986年は「優駿賞」として実施
    *3 1986年は2頭同時受賞
啓衆社賞
最良スプリンター
優駿賞
スプリンター賞
最優秀スプリンター
JRA賞
最優秀スプリンター
最優秀短距離馬
朝日杯3歳ステークス
1940年代

第1回 アヅマホマレ

1950年代

第2回 トキノミノル / 第3回 タカハタ / 第4回 サンゲツ / 第5回 タカオー / 第6回 メイヂヒカリ / 第7回 キタノオー / 第8回 キタノヒカリ / 第9回 カツラシユウホウ / 第10回 ウネビヒカリ / 第11回 マツカゼオー

1960年代

第12回 ハクシヨウ / 第13回 カネツセーキ / 第14回 グレートヨルカ / 第15回 ウメノチカラ / 第16回 リユウゲキ / 第17回 メジロボサツ / 第18回 モンタサン / 第19回 タケシバオー / 第20回 ミノル / 第21回 アローエクスプレス

1970年代

第22回 オンワードガイ / 第23回 トクザクラ / 第24回 レッドイーグル / 第25回 ミホランザン / 第26回 マツフジエース / 第27回 ボールドシンボリ / 第28回 マルゼンスキー / 第29回 ギャラントダンサー / 第30回 ビンゴガルー / 第31回 リンドタイヨー

1980年代

第32回 テンモン / 第33回 ホクトフラッグ / 第34回 ニシノスキー / 第35回 ハーディービジョン / 第36回 スクラムダイナ / 第37回 ダイシンフブキ / 第38回 メリーナイス / 第39回 サクラチヨノオー / 第40回 サクラホクトオー / 第41回 アイネスフウジン

1990年代

第42回 リンドシェーバー / 第43回 ミホノブルボン / 第44回 エルウェーウィン / 第45回 ナリタブライアン / 第46回 フジキセキ / 第47回 バブルガムフェロー / 第48回 マイネルマックス / 第49回 グラスワンダー / 第50回 アドマイヤコジーン / 第51回 エイシンプレストン

2000年代
朝日杯フューチュリティステークス
2000年代
2010年代

第62回 グランプリボス / 第63回 アルフレード / 第64回 ロゴタイプ / 第65回 アジアエクスプレス / 第66回 ダノンプラチナ / 第67回 リオンディーズ / 第68回 サトノアレス / 第69回 ダノンプレミアム / 第70回 アドマイヤマーズ / 第71回 サリオス

2020年代

第72回 グレナディアガーズ / 第73回 ドウデュース / 第74回 ドルチェモア / 第75回 ジャンタルマンタル

日本の旗 安田記念勝ち馬
   

国際競走指定前:
01回(1951年) イツセイ
02回(1952年) スウヰイスー
03回(1953年) スウヰイスー
04回(1954年) フソウ
05回(1955年) クリチカラ
06回(1956年) ヨシフサ
07回(1957年) ヘキラク
08回(1958年) ラプソデー
09回(1959年) ヒシマサル
第10回(1960年) オンワードベル
第11回(1961年) ホマレボシ
第12回(1962年) トウコン
第13回(1963年) ヤマノオー
第14回(1964年) シモフサホマレ
第15回(1965年) パナソニック
第16回(1966年) ヒシマサヒデ
第17回(1967年) ブツシヤン
第18回(1968年) シエスキイ
第19回(1969年) ハードウエイ
第20回(1970年) メジロアサマ
第21回(1971年) ハーバーゲイム
第22回(1972年) ラファール
第23回(1973年) ハクホオショウ
第24回(1974年) キョウエイグリーン
第25回(1975年) サクライワイ

第26回(1976年) ニシキエース
第27回(1977年) スカッシュソロン
第28回(1978年) ニッポーキング
第29回(1979年) ロイヤルシンザン
第30回(1980年) ブルーアレツ
第31回(1981年) タケデン
第32回(1982年) スイートネイティブ
第33回(1983年) キヨヒダカ
第34回(1984年) ハッピープログレス
第35回(1985年) ニホンピロウイナー
第36回(1986年) ギャロップダイナ
第37回(1987年) フレッシュボイス
第38回(1988年) ニッポーテイオー
第39回(1989年) バンブーメモリー
第40回(1990年) オグリキャップ
第41回(1991年) ダイイチルビー
第42回(1992年) ヤマニンゼファー

国際競走指定後:
第43回(1993年) 日本の旗 ヤマニンゼファー
第44回(1994年) 日本の旗 ノースフライト
第45回(1995年) アラブ首長国連邦の旗 ハートレイク
第46回(1996年) 日本の旗 トロットサンダー
第47回(1997年) 日本の旗 タイキブリザード
第48回(1998年) 日本の旗 タイキシャトル
第49回(1999年) 日本の旗 エアジハード

第50回(2000年) 香港の旗 フェアリーキングプローン
第51回(2001年) 日本の旗 ブラックホーク
第52回(2002年) 日本の旗 アドマイヤコジーン
第53回(2003年) 日本の旗 アグネスデジタル

国際G1昇格後:
第54回(2004年) 日本の旗 ツルマルボーイ
第55回(2005年) 日本の旗 アサクサデンエン
第56回(2006年) 香港の旗 ブリッシュラック
第57回(2007年) 日本の旗 ダイワメジャー
第58回(2008年) 日本の旗 ウオッカ
第59回(2009年) 日本の旗 ウオッカ
第60回(2010年) 日本の旗 ショウワモダン
第61回(2011年) 日本の旗 リアルインパクト
第62回(2012年) 日本の旗 ストロングリターン
第63回(2013年) 日本の旗 ロードカナロア
第64回(2014年) 日本の旗 ジャスタウェイ
第65回(2015年) 日本の旗 モーリス
第66回(2016年) 日本の旗 ロゴタイプ
第67回(2017年) 日本の旗 サトノアラジン
第68回(2018年) 日本の旗 モズアスコット
第69回(2019年) 日本の旗 インディチャンプ
第70回(2020年) 日本の旗 グランアレグリア
第71回(2021年) 日本の旗 ダノンキングリー
第72回(2022年) 日本の旗 ソングライン
第73回(2023年) 日本の旗 ソングライン
第74回(2024年) 香港の旗 ロマンチックウォリアー