カーグラフィック CAR GRAPHIC 1962年4月創刊号の表紙
ジャンル 自動車雑誌 刊行頻度 月刊 (毎月1日発売) 発売国 日本 言語 日本語 定価 1,500円(2023年 4月時点) 出版社 株式会社カーグラフィック 発行人 加藤哲也 編集長 竹下元太郎 雑誌名コード 04951 刊行期間 1962年 4月 - ウェブサイト カーグラフィック 公式サイト 特記事項 2010年 7月より発行元が「株式会社二玄社 」から「株式会社カーグラフィック」に変更 テンプレートを表示
株式会社カーグラフィックCAR GRAPHIC CO.,LTD. 種類 株式会社 本社所在地 日本 〒 153-0063東京都 目黒区 目黒1-6-17 目黒プレイスタワー10F 設立 2010年 (平成22年)4月16日 業種 情報・通信業 法人番号 5013201016908 事業内容 雑誌・書籍の出版、販売 代表者 加藤哲也 (代表取締役社長) 関係する人物 小林彰太郎 外部リンク カーグラフィック 会社案内 テンプレートを表示
カーグラフィック (CAR GRAPHIC )は、「株式会社カーグラフィック」が発行する日本 の自動車雑誌 である。毎月1日発行。1962年 4月に「株式会社二玄社 」から創刊され、2010年 7月に発行元が「株式会社カーグラフィック」に変更された。略称は「CG 」「カーグラ 」。
概要 厳正中立な本格評論と豊富な海外レース情報を中心に、美しいデザインと写真で紙面を飾るというその編集方針により、創刊後50年以上経った現在においても日本を代表する自動車雑誌として世界各国で評価が高い。そのほか、環境問題や交通問題などのモータリゼーション の負の部分にも言及している。また、F1 やマカオグランプリ などの海外モータースポーツ の結果をいち早く日本に紹介したほか、0-400m加速テスト や長期テストなどのテスト手法を日本の自動車界に持ち込むなど、日本の自動車評論のあり方を大きく変えた雑誌でもある。
歴史 1962年 4月に、主に書道 などの美術書を専門に出版していた中堅出版社である二玄社 より、小林彰太郎 を中心として、高島鎮雄 、吉田次郎を加えた3名によって創刊された。小林彰太郎は『モーターマガジン 』誌への「ロードインプレッション」などの寄稿で当時の車愛好家に知られており、高島・吉田も同誌編集部員であった。
小林らは刊行にあたり、ただの読み物ではなくビジュアル的にも美しい雑誌にするというコンセプトを掲げ、誌名は、自動車を意味する「CAR」と、視覚的に訴えるさまを示す「GRAPHIC」(グラフィック)を合わせて、「CARグラフィック 」とした(小林による命名だという。1971年 1月号より現在の「CAR GRAPHIC 」に変更)[1] 。当初は誌名を「モトラマ」(モーター とシネラマ をかけた造語)にする案が上がっていたが、のちに当時のゼネラル・モータース のモーターショー (General Motors Motorama)に同じ名称が使用されていることが判明したため、この案は破棄された[1] 。また、小林は編集にあたり、1948年 創刊の生活雑誌『暮しの手帖 』の「広告を受け付けず、消費者の代表として商品テストを行う」というスタイルに影響を受け、「クルマの『暮しの手帖』を作りたい」と考えた[1] [2] 。それ以前の日本に新車を紹介するだけの車雑誌はあったが、自動車を批評する記事を載せたのは当誌が最初であった。当時まだ発展途上であった日本車 を宣伝目的に取り上げる のではなく、既に歴史的・文化的に熟成されていた輸入車 (特に欧州車 )の批評を通じて、日本のモータリゼーション や自動車文化 の発展に貢献することを目指した。
創刊当時からしばらくは1号につき1メーカー特集という編集方針を採り、創刊号は「メルセデス・ベンツ の歴史は、自動車の歴史である」として、メルセデス・ベンツを特集した。そのハイライトは、当時世界最高峰のスポーツカーとされた300SL であった。当時の日本に2、3台しかなかったこの超高級スポーツカーを、東村山市 の工業技術院機械試験場の1周2kmのバンク付オーバルトラック でフルテストするという、当時としては前代未聞とも言える圧倒的な内容の記事を巻頭に掲載した(テスト車は、ヤナセ に仲介を頼み込んで駐留米軍人から借用した)。創刊号ではその他、イタリア のトリノ・ショー(英語版) のリポート、ニューモデルの紹介、高速道路 の走り方、メルセデス・オーナーとして石原裕次郎 、小林旭 、三橋美智也 を登場させるなど、バラエティに富んだ内容の記事を掲載していた[1] 。以後、特集はジャガー、フォード 、日産 、MG、フェラーリ 、シトロエン と続いたが、8号目では「外車と国産車を比較する」という特集を組み、日本車の諸悪の根源はタクシー 用の設計だからであると喝破、オーナードライバー用を設計の主体とすべしと提言した[3] 。また、創刊1年目はB5版の旧態依然とした体裁であったが、2年目からはA4版としグラフィックデザイナー を起用して、その独自のコンセプトを確立していった[3] 。
自力で海外取材を敢行したのも本誌が最初で、小林と三本和彦 が1963年 11月のマカオグランプリ の取材に出向いたことを皮切りに、翌年には小林が自費でホンダ・S600 を購入、この車でヨーロッパ 各地を周遊しながらロータス 本社やポルシェ 本社を訪問したり3つのF1グランプリ を取材するなどして、海外への取材力を高めていった[3] 。そのため、当時から海外ネットワークの強さを売りにしており、ベルギー人 ジャーナリスト で元F1ドライバーのポール・フレール や、ホンダF1 にも在籍した事のあるF1ドライバーチャンピオンジョン・サーティース と、そのチーム監督を務めた中村良夫、高島の友人でイタリア に在住し、ジョルジェット・ジウジアーロ と後年イタルデザイン を起業する宮川秀之、英国のジャーナリストであるロナルド・バーカー、デビッド・フィップスなど、1960年代からすでに豊富な執筆陣を揃えていた。
さらに、CGテストグループは、2、3日メーカーから借りて乗っただけではその車の真の特質やウィークポイントはわからないとして、市中の販売店から自費で新車を購入し、長期に亘って実用に供してリポートするという画期的な手法での長期テストを1967年 から開始した[3] 。また、ロードインプレッションで人気を博した小林であったが、車のメーターとストップウォッチによるものだけでなく、厳密な科学的測定の裏付けをもつロードテストが必須であると考えていた[3] 。そのような中で、1964年 に茨城県 の谷田部町 に1周5.5km の高速自動車試験場(通称「谷田部テストコース」。日本自動車研究所 により運営されていたが、2005年 に場所を移転した)が完成すると、CG 誌は第五輪式電気速度計や加速度計、ブレーキ踏力計、燃費計など高価な計測器を揃え、1968年 から世界的水準での測定を伴う本格的ロードテストを開始している[3] 。
当初は編集長は置かず、小林は編集顧問として客員的存在であったが、1966年 に初代編集長に就任し、同誌を日本の代表的な自動車雑誌に育て上げた[3] 。小林は編集長退任後は編集顧問を務め、2010年 の出版社移籍後は名誉編集長として同誌の象徴的存在であり続けた(2013年10月28日に死去)。
編集長は、小林の後を継いだ熊倉重春 、阪和明、加藤哲也 、塚原久、田中誠司、渡辺慎太郎 を経て、現在は竹下元太郎である。姉妹誌であった『NAVI 』と合わせて、「ハードのCG、ソフトのNAVI」とのキャッチコピーが使用されていたこともあった。姉妹誌『NAVI』の2010年 の休刊は、発行部数と広告収入の減少によるものであったが、本誌についても読者層の高齢化 という問題が明らかにされた[4] 。広告 収入の減少などによる収益性悪化を受けて、二玄社 が自動車雑誌の出版から撤退することに伴い、2010年6月号をもって二玄社での発行を終了し、同年7月号から別資本で設立した新会社「株式会社カーグラフィック」による新体制で発行されることが明らかになった。これに伴い複数の編集者が退任し、塚原も退任することが決定したが[5] [6] 、小林や加藤などはカーグラフィック社に移籍し、引き続き発行に携わることとなった[7] 。販売については二玄社が引き続き行なっていたが、2011年4月号(601号)からは株式会社カーグラフィックに移管され、これに伴い雑誌コードが04303から04951となった。
2012年 に創刊50周年を迎え、同年9月9日 に静岡県 御殿場市 のミュゼオ御殿場にてCG創刊50周年記念イベント「CG FESTA 2012」を開催した[8] 。その2年後の2014年9月7日には、「カーグラフィックTV」放送30周年を記念したイベント「CG FESTA 2014」が同箇所で行われた。
内容 主な内容 FOUR AT THE CORNERS - 巻頭コラム。2023年 現在は、「from inside」として編集長の竹下元太郎、「from Europe」としてドイツ人自動車評論家のゲオルグ・カッヒャー(Georg Kacher)、「from outside」としてフリーの自動車評論家・鈴木正文の3人が主に寄稿している。以前はポール・フレール 、ジョルジェット・ジウジアーロ 、ゴードン・マレー 、下野康史 、菊池武夫、アメリカ人自動車評論家のジョン・ラム(John Lamm)等が寄稿していた。 SPECIAL - 特集記事。 NEW MODEL - 新モデル紹介記事。 ROAD & TRACK IMPRESSION - 公道およびレーストラックでの試乗記。 LONG & SHORT TERM TEST - 後述。 THE GARAGE PRESS - 自動車にまつわるコラム。 CG MOTORSPORT FORUM - モータースポーツ に関する記事。 連載 ほか
過去の連載 A BIT BEHIND THE TIMES(小林彰太郎 ) FEED UP(舘内端 ) PAPER MUSEUM(太田隆司) 児玉英雄ギャラリー(児玉英雄 ) Leader’s Perspective(川端由美 ) 名車の残像(永島譲二) ヨーロッパ自動車人生活(永島譲二) クルマはかくして作られる(福野礼一郎 ) ほか
LONG TERM TEST(〜2014年8月号) 複数の新型車の長期テスト。個々の車種の信頼性を測るテストとされ、1台につき約2年間実施(3年近い場合もある)。テスト車両は編集部員の普段の足として取材会場に機材を積載されることもある。社用車として、担当編集部員や他の部員が使う場合もある。車の選択ポリシーには確固はなく、市場の販売数や人気、技術的な意義などと乖離した例も見られる。これらの車種には導入順(例外あり)に3桁の数字がつけられている。メーカーからの貸与と疑われるテスト車がみられたことがある。
なおテスト終了後は次のテスト車の下取り車として売却されたり、申し出た他のオーナーに売却する例もある。売却時のコンディションはかなり良いが、通年で走行するため年間およそ1万5,000kmから4万kmがオドメーターに刻まれる。また、同社の自動車雑誌NAVIでも「our cars」という長期リポートを行っている。過去最高価格車は、アズキ色の1988年式 BMW 750iL で(車両本体価格1,358万円)、二玄社渡邊隆男社長の足としても使用された。
過去のCGの長期テスト車は一般の顧客同様、ディーラーから購入。例外でロータス・ヨーロッパ(4号車)やスカイラインRS(44号車)などはメーカー/インポーターから直接購入した。近年、長期テスト車の在籍期間は2年前後で、バブル期は1年に満たないものも多々ある。また最終回の後、長期テストページに掲載されることが稀にある。
長期テスト車一覧
第001号車 トヨタ・カローラ 2ドア1100スペシャル (1967-01〜1967-11) 第002号車 ダットサン・ブルーバード 4ドア1300Dx (1967-11〜1971-06) 第003号車 ルノー・16 GL(1,470cc) (1967-08〜1971-08) 第004号車 ロータス・ヨーロッパ (1,470cc) (1968-02〜1969-02) 第005号車 ニッサン・ローレル 4ドア1800DxB (1968-06〜1969-02) 第006号車 マツダ・ファミリア ・ロータリークーペ(491cc×2) (1968-10〜1970-05) 第007号車 トヨタ・コロナ・マークII ・HT1900SL (1968-12〜1970-02) 第008号車 ホンダ1300 ・4ドア77Dx (1969-08〜1970-03) 第009号車 三菱・ギャラン 4ドア1300A Iカスタム (1970-02〜1971-08) 第010号車 マツダ・カペラ ・ロータリークーペGS(573cc×2) (1970-11〜1972-03) 第011号車 ニッサン・チェリー 3ドアバン1000DxB (1971-01〜1972-02) 第012号車 マツダ・サバンナ 5ドア・スポーツワゴン(491cc×2) (1972-04〜1974-03) 第013号車 シトロエン・GS (1,015cc) (1972-12〜1974-05) 第014号車 ホンダ・シビック 3ドア1200GL (1972-12〜1974-04) 第015号車 アウディ80GL(1,471cc) (1973-10〜1975-05) 第016号車 ホンダ・シビック4ドア1500CVCC・GF・AT (1974-05〜1976-04)※長期テスト車では、初めてエアコン(クーラー)が装着された車両である。シビック以後、装着可能な車種については車両発注時、又はテストリポート中に装着される事となる。 第017号車 アルファロメオ・アルファスッド (1,186cc) (1974-06〜1977-06) 第018号車 スバル・レオーネ ・エステートバン1400GL (1975-07〜1977-05) 第019号車 フォルクスワーゲン・ゴルフ 4ドアLS・AT(1,471cc) (1975-08〜1977-11) 第020号車 ホンダ・アコード 3ドアHB1600EX (1976-09〜1978-07) 第021号車 フォルクスワーゲン・トランスポーター・デリバリーバン(1,584cc) (1977-06〜1982-12) 第022号車 マツダ・ファミリア AP5ドア1300スーパーカスタム (1977-07〜1978-07) 第023号車 ルノー 5 GTL(1,289cc) (1977-09〜1979-02) 第024号車 三菱・ギャラン Σ2000GLX・AT (1977-10〜1979-02) 第025号車 フォルクスワーゲン・ゴルフ 4ドア・ディーゼル(1,471cc) (1977-10〜1980-07) 第026号車 ダイハツ・シャレード 5ドア1000XTE (1978-03〜1979-02/1980-02/1984-11) ※テスト終了後、担当していた熊倉 エディターが個人的に購入し、日常の足として使用していた。終了後2度に渡り登場しているのはそのためである。 第027号車 フォード・フィエスタ Sサンルーフ(1,595cc) (1978-07〜1979-12/1980-06) 第028号車 三菱・ミラージュ 3ドア1400GLX (1978-07〜1979-11) 第029号車 トヨタ・ターセル 4ドア1500SE (1978-11〜1980-02) 第030号車 トヨタ・コロナ 5ドアLB2000GT (1979-03〜1980-03) 第031号車 ホンダ・シビック3ドア1500CX (1979-11〜1982-11) 第032号車 ビュイック・スカイラーク・リミテッド・AT(2,837cc) (1979-12〜1981-02) 第033号車 スバル・レオーネ 3ドア・スイングバック1800・4WD (1980-01〜1981-03) 第034号車 シトロエン・2CV 6(598cc) (1980-02〜1981-03) 第035号車 ニッサン・セドリック 4ドアHT2000ターボS (1980-06〜1981-04/1981-09/1982-06) 第036号車 フィアット・リトモ 3ドア(1,498cc) (1980-08〜1982-04) 第037号車 三菱・エテルナ Σ2300ターボD・GSLスーパー (1980-09〜1983-07) 第038号車 マツダ・ファミリア 5ドア1500XL (1980-09〜1982-02) 第039号車 ローバー3500 ・AT (1980-12〜1982-08) 第040号車 フィアット・パンダ 45(903cc) (1981-05〜1982-09) 第041号車 トヨタ・ソアラ 2800GT・AT (1981-06〜1982-12) 第042号車 ニッサン・ローレル 4ドア280D・VX-6・AT (1981-08〜1982-10) 第043号車 ニッサン・スタンザ FX5ドア1800Z-E・AT (1981-11〜1982-11) 第044号車 ニッサン・スカイライン 4ドア2000RS (1982-01〜1983-02) 第045号車 ホンダ・シティ 1200R (1982-02〜1983-03) 第046号車 BMW・528e ・AT(2,693cc) (1982-07〜1983-08) 第047号車 ニッサン・パルサー・2ドアクーペ・エクサ 1500E (1982-09〜1983-10) 第048号車 トヨタ・ビスタ ・セダン1800VEサンルーフ (1982-09〜1983-09) 第049号車 ニッサン・プレーリー 1800JW-G・AT (1982-12〜1986-02) 第050号車 マツダ・カペラ 4ドア2000GT-X (1983-03〜1984-03) 第051号車 ニッサン・マーチ 3ドア1000G・AT (1983-03〜1984-05) 第052号車 トヨタ・カリーナ 4ドア1800GT-T (1983-03〜1984-03) 第053号車 アウディ・100 CD5E・AT(2,144cc) (1983-07〜1984-08) 第054号車 トヨタ・ハイエース ・ワゴン2000スーパーカスタム・AT (1983-08〜1985-06) 第055号車 トヨタ・スプリンター 5ドア1600ZX・AT (1983-09〜1984-10) 第056号車 ホンダ・バラードスポーツCR-X 1.5i (1983-10〜1984-11/1986-12) 第057号車 ジャガー・XJ 6・4.2SIII・AT (1983-10〜1984-10) 第058号車 ニッサン・フェアレディZ ・2シーター300ZX (1983-12〜1984-11) 第059号車 ランチア・プリズマ 1500・AT (1984-02〜1985-03) 第060号車 トヨタ・コロナFF5ドア1800EXサルーンAD・AT (1984-03〜1985-02) 第061号車 ニッサンVWサンタナ 2000Gi5 第062号車 アウディ・80 クアトロ(2,226cc) (1984-08〜1985-06) ※事故により廃車 1985-04以降は同型車をヤナセ から借用しレポートした。 第063号車 フォルクスワーゲン・ゴルフ 2ドアCi(1,780cc) (1984-08〜1985-08) 第064号車 トヨタ・MR2 ・1600Gリミテッド (1984-09〜1986-01) 第065号車 ウェストフィールド・ロータス・11レプリカ(1,275cc) (1984-09) 第066号車 プジョー・505 GTI・AT(2,165cc) (1984-11〜1986-05) 第067号車 トヨタ・スターレット 5ドア1300Si (1985-02〜1986-03) 第068号車 メルセデス・ベンツ・190E ・AT (1985-02〜1987-09) 第069号車 シトロエン・BX 16TRS(1,580cc) (1985-02〜1986-09) 第070号車 ホンダ・シビック3ドア1600Si (1985-03〜1986-06) 第071号車 ホンダ・シビック5ドア・シャトル4WD・1500J (1985-05〜1987-03) 第072号車 いすゞFFジェミニ 4ドア1500C/C (1985-07〜1986-08) 第073号車 ホンダ・ビガー 2000Si・AT (1985-10〜1986-12) 第074号車 マツダ・サバンナRX-7 ・GT-R(654cc×2) (1986-02〜1987-11) 第075号車 フォード・レーザー TX-3・4WD・1600 (1986-02〜1987-12) 第076号車 ニッサン・プレーリー 2000・4WD・JW-G・AT (1986-02〜1989-01) 第077号車 ニッサン・サニー・バネット・ラルゴ・コーチ 2000ターボD (1986-03〜1988-10) 第078号車 ビュイック・エレクトラ・パークアヴェニュー・AT(3,800cc) (1986-04〜1987-05) 第079号車 フォード・フェスティバ 1300キャンバストップ・AT (1986-06〜1987-09) 第080号車 オースチン・ローバー・ミニ・メイフィア(998cc) (1986-06〜1988-12) 第081号車 ポルシェ911S (2,687cc) (1986-06〜1988-12) ※1976年式 第082号車 ニッサン・パルサー 4ドア・フルオートフルタイム4WD・1500J1 (1986-09〜1987-12) 第083号車 プジョー205 GTI・1.6 (1986-09〜1988-04) 第084号車 トヨタ・ビスタ・4ドア2000VX・AT (1986-12〜1989-08) 第085号車 アウトビアンキ Y10ツーリング(1,048cc) (1987-01〜1986-06) 第086号車 ニッサンBe-1 ・AT(987cc) (1987-05〜1988-07) 第087号車 ボルボ・740 ターボ・エステート(2,316cc) (1987-06〜1990-07/1991-01) 第088号車 ケイターハム・スーパー・セヴン1600GTスプリント (1987-06〜1988-07/1988-11) ※1981年式 第089号車 ジャガー・XJ 6ソヴリン3.6・AT (1987-07〜1989-08) 第090号車 スバル・レックスコンビ 3ドアG・ECVT(544cc) (1987-09〜1988-06) 第091号車 スバル・アルシオーネ VX2.7AT (1987-10〜1989-08) 第092号車 オペル・カデット ・キャラバン1.6LS・AT (1987-10〜1989-12) 第093号車 BMW M3 (2,302cc) (1987-12〜89-04) 第094号車 マツダ・カペラ 4ドア2000PWSディーゼルSGサルーン (1987-12〜1989-10) 第095号車 ニッサン・ブルーバード4ドアHT1800SSSアテーサ・リミテッド (1988-04〜1989-06) 第096号車 三菱・ギャラン 2000VR-4 (1988-04〜1989-07) 第097号車 フォード・トーラス LXワゴン・AT(2,979cc) (1988-06〜1989-06) 第098号車 シトロエン・AX 14TRS (1988-08〜1989-04) 第099号車 ニッサン・シルビア 1800Q's (1988-09〜1989-10) 第100号車 セアト・イビーザ GLX1.5 (1988-09〜1989-09) 第101号車 BMW750iL ・AT (1988-10〜1990-05) 第102号車 ランチア・デルタ HFインテグラーレ(1,995cc) (1988-12〜1990-10) 第103号車 ニッサン・プレーリー 2000・J7アテーサ・AT (1989-01〜1991-03) 第104号車 トヨタ・マークII ・HT2000グランデ・AT (1989-03〜1990-06) 第105号車 ニッサン・ローレル 2000メダリストRB20・AT (1989-05〜1990-09) 第106号車 ニッサン・サファリ ・エクストラバン・ハイルーフ・グランロード4.2D (1989-05〜1990-09) 第107号車 スバル・レガシィ 4ドア2000RS・4WD (1989-06〜1990-04) 第108号車 ニッサン・エスカルゴ ・キャンバストップ・AT(1487cc) (1989-06〜1991-02) 第109号車 プジョー405 Mi16(1,905cc) (1989-08〜1991-06) 第110号車 アルファロメオ・164 ・3.0・V6・AT (1989-08〜1991-04) 第111号車 オペル・オメガ 3000・AT (1989-08〜1989-12) ※追突事故により廃車 第112号車 シトロエン・CX 25GTi・AT (1989-09〜1990-09) ※1985年式 第113号車 ポルシェ・911 カレラ4(3,600cc) (1989-11〜1991-01) 第114号車 ニッサン・スカイライン2ドアクーペ2600GT-R (1989-11〜1991-01) 第115号車 フィアット・ティーポ DGT・ie・1.6 (1989-11〜1991-02) 第116号車 ユーノス・ロードスター (1,597cc) (1989-12〜1991-05) 第117号車 ダイハツ・アプローズ 16Ri・AT (1990-01〜91-11) 第118号車 オペル・オメガ3000・AT (1990-01〜1991-10) ※111号車と全く同仕様の物を購入 第119号車 ニッサン・インフィニティQ45 ・AT (1990-03〜1991-04) 第120号車 トヨタ・MR2・2000GT (1990-04〜1990-08) ※事故により廃車 第121号車 ニッサン・サニー ・セダン1500スーパーサルーン・AT (1990-04〜1991-09) 第122号車 ランドローバー・レンジローバー ・AT(3,947cc) (1990-09〜1992-01) 第123号車 トヨタ・MR2・2000GT・Tバールーフ (1990-11〜1992-06) 第124号車 ニッサン・パルサー3ドア2000GTI-R (1990-12〜1992-02) 第125号車 ホンダ・NSX (2,977cc) (1990-12〜1992-02) 第126号車 シトロエン XM ・3.0・V6・AT (1991-02〜1992-06) 第127号車 メルセデス・ベンツ 260E・AT (1991-03〜1996-06) ※202,300キロを走破 第128号車 プジョー・405 SRI-EXブレーク・AT(1,904cc) (1991-03〜1992-06) 第129号車 プジョー・605 SV3.0 (1991-03〜) ※動力性能計測中のエンジントラブルにより廃車。本来は第160号車の下取り車となる予定であった。 第130号車 ニッサン・プリメーラ 2000T4・4WD (1991-04〜) 第131号車 ルノー・エクスプレス ・GTL(1,397cc) (1991-05〜1993-12) 第132号車 フィアット・パンダ ・セレクタ(999cc・CVT) (1991-07〜) 第133号車 ランチア・デドラ 2.0ie (1991-09〜) 第134号車 ホンダ・ビート(660cc) (1991-09〜1992-12) 第135号車 トヨタ・カローラ・セダン1500SE-L・AT (1991-10〜1992-12) 第136号車 BMW318i ・AT (1991-11〜) 第137号車 ボルボ・960エステート・AT(2,921cc) 第138号車 ニッサン・ブルーバード・セダン2000SSS-G・AT 第139号車 スズキ・カプチーノ (660cc) (1992-02〜) 第140号車 ルノー・ルーテシア 3ドア16V(1,763cc) (1992-03〜)※事故により廃車 第141号車 アンフィニ・RX-7・タイプR (1992-03〜) 第142号車 ニッサン・マーチ5ドア1300C♯・NCVT (1992-05〜) ※事故により廃車 第143号車 フォルクスワーゲン・ゴルフ GLi・AT(1,984cc) (1992-08〜) 第144号車 ボルボ・850 GLT・AT(2,435cc) (1992-10〜) 第145号車 ロケット 第146号車 オペル・アストラ・ワゴン・クラブ・AT 第148号車 ヤマテ・ES600 第149号車 ニッサン・マーチ5ドア1000B♭・NCVT 第150号車 メルセデス・ベンツ・C250ディーゼル ・AT 第151号車 スズキ・ワゴンR ・RG 第152号車 ルノー・トゥインゴ (1994-07〜) 第153号車 ニッサン・サニー・トラック 第154号車 M2・1028 (1994-08〜) 第155号車 フォード・モンデオ ・セダンGLX (1994-09〜) 第156号車 トヨタ・RAV4 ・J (1994-09〜1996-04) 第157号車 トヨタ・カムリ ・ツーリング 第158号車 クライスラー・ネオン LE 第159号車 ルノー・ラグナ RXE 2.0 第160号車 シトロエン・エグザンティア V-SX 第161号車 ニッサン・スカイライン・GT-R V・spec 第162号車 BMW318ti ・コンパクト 第163号車 ホンダ・シビック・フェリオVi (1996-02〜) 第164号車 オペル・ヴィータ GLS (1996-02〜) 第165号車 ローバー・MGF 1.8i (1996-03〜) 第166号車 アルファロメオ・GTV 第167号車 アウディ・A4 1.8・AT 第168号車 ポルシェ・ボクスター (〜1999-01) 第169号車 プジョー・406 ST・AT 第170号車 三菱レグナム 2000ST・AT 第171号車 フォルクスワーゲン・ポロ 第172号車 フィアット・プント ・セレクタ (CVT) 第173号車 アルファ・ロメオ1750 GTヴェローチェ ※1971年式 第174号車 ニッサン・プリメーラ・ワゴン 2.0G-V (CVT) 第175号車 トヨタ・プリウス 第176号車 アルファロメオ・156 2.5 V6 (1998-09〜) 第177号車 オペル・アストラ CD・AT (1998-10〜) 第178号車 フォルクスワーゲン・ゴルフ CLi・AT (1998-11〜) 第179号車 BMW318i (1998-11〜) 第180号車 メルセデス・ベンツ・A160 ・AT (1998-12〜) 第181号車 カー・グラフィックK-1 ※光岡自動車 製キットカーをCG編集部で組み立て 第182号車 ホンダ・S2000 第183号車 プジョー・206 XT 第184号車 ジャガー・Sタイプ 3.0 V6 SE・AT (2000-01〜) 第185号車 トヨタ・セリカ SS-1 スーパーストラットパッケージ 第186号車 アウディTTクーペ 第187号車 ローバー・75 2.5コニサー 第188号車 トヨタ・ヴィッツ TRD-MSB ※CGRT用の長期テスト車として購入されたが、レース中の事故により廃車 第189号車 フォード・フォーカス 1600ギア・AT 第190号車 ルノー・クリオ RS 2.0 16V 第191号車 メルセデス・ベンツ・C200コンプレッサー ・AT 第192号車 ホンダ・シビックX・AT 第193号車 フィアット・プント HGTアバルト 第194号車 ニッサン・プリメーラ25X・AT 第195号車 アウディ・A4 2.0・AT (2001-10〜) 第196号車 スバル・レガシィ・ツーリングワゴンGT-B Eチューン|| (2001-11〜) 第197号車 アルファ・ロメオ147 2.0TSセレスピード (2001-12〜) 第198号車 ジャガー・Xタイプ 2.5SE・AT 第199号車 マツダ・ロードスターNR-A 第200号車 ミニ・クーパー 第201号車 ニッサン・マーチ12c 第202号車 メルセデス・ベンツ・E240 ・AT (2002-12〜) 第203号車 プジョー・307SW (2003-01〜) 第204号車 ランドローバー・レンジローバー HSE・AT 第205号車 フォルクスワーゲン・ルポ GTIカップカー 第206号車 マツダ・RX-8 タイプS 第207号車 スバル・レガシィ・ツーリングワゴン3.0R (2003-12〜) 第208号車 トヨタ・プリウスG (2003-12〜2007-02) 第209号車 ホンダ・オデッセイ L・AT (2004-07〜) 第210号車 フォルクスワーゲン・ゴルフ GLI (2004-09〜2006-11) 第209号車 ホンダ・オデッセイ L 第213号車 BMW・3シリーズ 325i 第214号車 レクサス・IS 250 第215号車 三菱・i M 第216号車 メルセデス・ベンツ・E320 CDI AVANTGARDE (メルセデス・ベンツ日本から貸与の形でテストされた) 第217号車 日産・スカイライン 350GT タイプS 第218号車 ランチア・デルタ HF インテグラーレ 第219号車 プジョー・207 GT 第220号車 マツダ・デミオ 13C-V
LONG TERM TEST / SHORT TERM TEST (2014年9月号〜) 2014年9月号から長期テストがリニューアルされた。以前は編集部が購入した車とメーカーから貸与される車が混在したかたちで毎号リポートをしていたが、2014年9月号からはLong Term Test / 長期テストは、編集部が実際にディーラーから車両を購入し、最低1年以上にわたりリポートされる。Short Term Test / 短期テストはメーカーから貸与される車両を約半年程度にわたりリポートされる。
Long Term Test / 長期テスト(2024年5月号現在) このほか、番外編として株式会社カーグラフィックの社用車のルノー・カングー とプジョー508 がリポートされる。
Short Term Test / 短期テスト(2024年5月号現在) 姉妹誌 1960年代以前のクラシックカー を専門に扱ったムック本。2018年 に第一弾が創刊され、半年から1年おきに刊行されている。編集長は吉田匠 。 1970年代から1990年代のネオクラシックカーを専門に扱ったムック本。2019年 に第一弾が創刊され、半年から1年おきに刊行されている。編集長は加藤哲也 。 過去の姉妹誌 1970年代に刊行した全集シリーズ。詳細はリンクを参照。 1984年 に創刊された自動車雑誌 。2010年 3月発売号をもって休刊となった。初代編集長に大川悠 、2代目編集長に鈴木正文がいる。 外国車を中心とする中古車情報専門誌であったが、2008年 5月号をもって休刊となった。 1989年 創刊されたクラシックカーを中心とした自動車雑誌。日本の自動車関連の定期刊行物としては他に例を見ない高い内容のものであった。初代編集長は高島鎮雄 、1992年 より伊東和彦 が編集長であった。1995年 の休刊を経て復刊したものの、2007年 、第50号をもって再び休刊となった。 「カーグラフィックから生まれたライフスタイル誌」と謳って2005年 に創刊され、編集長はCG編集長であった加藤哲也が兼任していたが数号で休刊となった。 姉妹メディア カーグラフィックTV 「カーグラフィックTV」(CAR GRAPHIC TV、CGTV)は、本誌が監修・企画協力している自動車情報番組 である。1984年 10月5日にテレビ朝日 で放送を開始し、2005年 からはBS朝日 で放送されている。
webCG 「webCG」(ウェブCG)は、1998年 6月に開設された本誌のウェブマガジン である。元々は二玄社の運営だったが、前述のような経営状況の悪化に伴い、紙媒体の運営移管に先立つ2008年 12月に日本経済新聞社 の子会社・日本経済新聞デジタルメディアに移管。以後は日経が二玄社・カーグラフィックから一部コンテンツの提供を受けるかたちで運営を行ってきたが、2014年 11月にカカクコム が同サービスの運営会社株式の66.5%を取得することが発表された[9] 。
カーグラフィック オンエア 「カーグラフィック オンエア」(CG ON THE AIR、CGオンエア)は、本誌の公式YouTube チャンネルである。2022年 3月1日に動画第一弾が公開された。
会員組織 本誌の会員組織として、1987年 に「CG CLUB 」(CGクラブ)が発足、現在も活動が続けられている。有料制の組織だが、「NEWS LETTER」と呼ばれる会報が配られたり、ウェブや紙面で紹介されている通信販売「Pride&Joy」での割引優遇や、グッズやカレンダーの無料配布がされた。運営は、CG CLUB事務局とCG事業企画室で行われていた。イベントの主催はあくまで二玄社ではなく、読者組織のCG CLUB事務局の名で行われる。以下の項目は下記リンク先のCG CLUBのホームページに詳しい。
イベント会場風景(2009年 ) 関東開催の「Spring Meet」(かつては「CG DAY」)、近畿開催の「Autumn Meet」の2大イベントの規模はCG CLUB事務局主催のイベントでは最大で、すでに10年以上続いている。2005年春、松任谷正隆 総合プロデュースで開催された「Spring Meet 2005」は、2日間CG、NAVIの編集部総出で「としまえん 」へ出向き、編集部員個々が読者と話し合う「インプレッション・カフェ」や、編集記者運転の車両に同乗する「ドキドキナビ体験」が目玉となり、その他の企画もあわせて行われた。ゲストトークショーに久米宏 やパンツェッタ・ジローラモ などが参加した。 2006年 のSpring Meet 2006は、日本サイクルスポーツセンター (静岡県 伊豆市 )において、参加者持ち込み車両を自身、または編集記者の運転でコース走行などが催された。 イベント会場風景(2006年 ) TTD(Tea Talk&Driveの略)と呼ばれる小規模ミーティングも全国でしばしば開催される。 2010年 二玄社の経営不振からCG CLUBに対する一切の資金と人員・機材の支援はなくなることとなった。それをうけて2010年4月1日からは完全に独立しCG・Super CGの執筆者であった石川雄一 が会長に就任した。株式会社二玄社および株式会社カーグラフィックとクラブは友好関係にはあっても全く別の組織となった。クラブは会員のみで構成され専従者はいなかった。また、運営に使われる資金は会員からの年会費3,600円のみである。しかし毎月のニューズレターは引き続き発行されていた。イベントは規模の縮小はあるものの基本的に同じように開催されている。各地で行われる上記のTTDなどはもともと費用がかからないので活発に行われている。このクラブのイベントは会員でなくても自由に参加できるオープンなものであることが特徴である。2011年石川の提案を役員会およびCGが賛同して2012年4月より運営はCGに移管されることとなった。それにより事務局所在地は神奈川県横浜市からCG編集部内となった。2011年1月10日時点での会員数は2,742名であったが2012年3月時点では約2,400名と減少傾向にある。
出典 ^ a b c d 1992年某日放送『カーグラフィックTV 本誌30周年記念』内における小林彰太郎の証言より ^ “車社会のナビゲーター、小林彰太郎氏が語る 車への熱き思い” (PDF). 2013年12月26日 閲覧。 ^ a b c d e f g 自動車実学に徹したモータージャーナリスト 小林彰太郎, 日本自動車殿堂. ^ 自動車雑誌「NAVI」休刊 産経新聞、2010年1月6日 ^ レスポンス「二玄社、自動車雑誌から撤退…『カーグラフィック』新体制に」2010年5月10日 ^ 現在はポルシェジャパンの広報室長を務めている。日刊すごい人より ^ この度の『CAR GRAPHIC』発行体制の変更について ^ CAR GRAPHIC創刊50周年記念イベント開催! ^ 日経デジタルメディア、自動車サイト webCG をカカクコムへ事業譲渡 - response・2014年11月21日 関連項目 小林彰太郎とは学生時代からの友人であり、創刊当初の写真撮影や記事執筆に関わった。1973年から1989年まで、巻頭コラム「from Outside」を担当。1977年からはCGの巻頭コラムと並行して、長寿番組となった自動車情報番組「新車情報 」の司会を務めた。 OB 外部リンク | カーグラフィック クルマ好きなら毎日みてる『webCG』-クルマ専門誌『CAR GRAPHIC』web CG CLUB - ウェイバックマシン (2010年7月17日アーカイブ分) カーグラフィック (cargraphic.jp) - Facebook カーグラフィック編集部 (@CARGRAPHIC) - X(旧Twitter) CARGRAPHICcojp - YouTube ポータル 自動車 /
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