河恩珠

河恩珠
各種表記
ハングル 하은주
漢字 河恩珠
発音: ハ・ウンジュ
ローマ字 Ha Eun-Joo
テンプレートを表示

河 恩珠(ハ・ウンジュ、1983年9月25日 - )は、大韓民国ソウル特別市出身の女子バスケットボール選手。

常葉学園短期大学卒。身長202cm。ポジションはセンター。父は元バスケットボール男子韓国代表の河東基(ハ・ドンギ)、弟は韓国初のNBAプレイヤーの河昇鎮

略歴

  • 1998年 - 左膝を負傷し、バスケットボール選手生命を絶たれるが、桜花学園バスケットボール部の井上眞一監督の薦めでリハビリを開始。
  • 1999年 - 所属していたソンイル女子中学校に対して提出した運動放棄覚により、韓国での選手生活はできなかったため、名古屋市の桜花学園に留学。
  • 2001年 - 桜花学園バスケットボール部が国民体育大会高校総体などのタイトルを総なめにし、ウインターカップ連覇に貢献。
  • 2002年 - 常葉学園短期大学に進学
  • 2003年 - 常葉短大卒業後、シャンソン化粧品に入社。バスケ部に所属し、Wリーグでプレーするに当たり日本国籍取得。
  • 2005年2月 - シャンソンVマジックの2004-2005年シーズンWリーグ優勝に貢献。
  • 2005年4月 - 日本代表に選ばれるも、故障により出場断念
  • 2006年2月 - WNBAロサンゼルス・スパークスと契約を結んだが、シャンソンとの二重登録が問題になり、5月にスパークス・シャンソンとも登録から外れてしまう。
  • 2006年8月1日 韓国の新韓銀行と契約。Wリーグでの活躍が見込めなくなったため、日本国籍を棄てて韓国籍回復申請し同年12月韓国籍を回復。

外部リンク

  • 河恩珠 - バスケットボール女子日本リーグのプロフィール
  • 河恩珠「日本に帰化するしかバスケを続ける道なかった」
  • 河恩珠さんの日本帰化と韓国籍回復 worldNote - まとめサイト
  • <バスケット>故国を恨んで日本へ…そして帰ってきた河恩珠 - 中央日報
  • 表示
  • 編集
Wリーグルーキー・オブ・ザ・イヤー
日本リーグ
1970年代
  • 70-71 該当者なし
  • 71-72 林栄
  • 72-73 田辺スナ子
  • 73-74 大塚宮子
  • 74-75 渋川友子
  • 75-76 福井美恵子
  • 76-77 児玉紀子
  • 77-78 鈴木真理
  • 78-79 該当者なし
  • 79-80 該当者なし
1980年代
1990年代
Wリーグ
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
バスケットボール女子日本リーグ(WJBL)フィールドゴール成功率1位
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
東京運動記者クラブバスケットボール分科会選出年間ベスト5賞女子
1980年代
1981年度
1982年度
  • 阿部秀子
  • 熊谷繁子
  • 大山春美
  • 積田洋子
  • 大谷利恵子
1983年度
1984年度
1985年度
1986年度
1987年度
1988年度
1989年度
1990年代
1990年度
1991年度
1992年度
1993年度
1994年度
1995年度
1996年度
1997年度
1998年度
1999年度
2000年代
2000年度
2001年度
2002年度
2003年度
2004年度
2005年度
2006年度
2007年度
2008年度
2009年度
2010年代
2010年度
2011年度
2012年度
2013年度
2014年度
2015年度
2016年度
2017年度